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実朝暗殺で公暁が踏みつけた「下襲」(したがさね)ってなに?鎌倉最大の悲劇の現場検証

大河ドラマ

どうも。しのぶです。

鎌倉 最大の悲劇
雪の鶴岡八幡宮で源実朝の暗殺

下襲を踏みつけて、
転倒させて斬りつけた
ってどんな感じ?

公暁とともに調べてみましょう。

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実朝暗殺事件のロケーション

第2代将軍頼家の次男でありながら
北条氏に父親、兄を殺され
自身は出家の身に。

黒幕説は多々あるものの
公暁本人に、第3代将軍 源実朝を
暗殺する動機は十分あっただろうと
思います。

建保7年1月27日、暗殺の当日は
鶴岡八幡宮では雪が降っていました。

雪2尺と記されていますが
1尺30cmなので60cmも?


そんな積雪で儀式できる?
鎌倉ってそんなに雪降ったっけ?
というツッコミはさておいて。

真っ白な雪に儀式の行列
そこでの暗殺。
まるでドラマのようです。

※積雪する神社

源実朝の下襲ってなに?

暗殺のとき、公暁は
『源実朝の「下襲」を踏みつけて
転倒させて斬りつけた』

と記されています。

下襲ってなに?ということなのですが
平安装束の正装の一部分です。

束帯姿の源実朝

源実朝は、武士として初めて
後鳥羽上皇より右大臣の位を賜りました。


昇任を祝うため鶴岡八幡宮への
拝賀が行われることが決まり

建保6年12月には装束や車が
後鳥羽上皇より贈られました。

装束とは、束帯(そくたい)で
主に公家 男子の正装です。

束帯は袍(ほう)を着用し、
下襲(したがさね)をつけ、

ベルトの石帯(せきたい)をつけ
袴(はかま)を重ねて履きます。

頭には冠をかぶって、
手には笏(しゃく)を持ちます。

この衣装で、後ろに長くひいているのが
下襲です。
身分が高いほど、長~くひく
ようになっていったといわれます。


右大臣になった実朝は、
下襲を長くひいていた可能性がありますね。

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「親の仇はかく討つぞ」


午後6時ごろ、源実朝は束帯姿で
雪が積もる鶴岡八幡宮に拝賀します。

神拝を終えて、八幡宮を退出する途中、
公暁に襲撃されます。


襲撃の現場は、鶴岡八幡宮の石段
といわれており、
公暁は実朝の下襲を踏みつけて
転倒させて斬りつけました。

『吾妻鏡』では公暁が
「親の敵はかく討つぞ」と

階段の石段で叫んだと
あります。

https://hashiyok.com/sanetomo-siin-519

鶴岡八幡宮の石段

大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、
この鎌倉最大の悲劇
「源実朝の暗殺」が
どのように描かれるでしょうか。
楽しみです。


出典:吾妻鏡、愚管抄、承久記

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